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京也に電話を掛けたけれど忙しいのかそれとももう飛行機の中なのか、電源が落とされていて、父から連絡があった事、約束の時間と場所をメールで送った。
指定されたのは都心にある街中のフランス料理店で、入り口は大通りに面していて人通りも多く、目の前に車が付けられる。
車はそのまま辰樹が出て来るまで待っていてくれるし、これなら何かあっても安心だろうと辰樹は店に入った。
案内された個室で久し振りに会った父は少し痩せたように思えた。
椅子に座り飲み物を頼んで、直ぐに父は辰樹に謝ってきた。
「私が不甲斐無いばかりに、本当に済まなかった。お前にまで苦労を掛けて…」
「仕方無いよ。…それに、京也さん達は良くしてくれてるから」
そう云うと安心したように父は笑って、言葉を続けた。
「そう、本当に五条さん達には世話になりっぱなしで…。やっと此処まで立て直せたのも、あの人達のお陰だ。お前が継ぐまでにはもっときちんと立て直せるよう頑張るから、待っていてくれ」
ほんの些細な事だけど、父の言葉に繰り返されるあの人“達”と云う言葉に辰樹は何処か引っ掛かりを覚えた。
会長は既に一線を退いて、今率いているのは実質京也の筈なのだけれど。
運ばれて来た食事を摂りながら今までの経緯や生活の様子など、言葉少なに会話をして父と共に個室を出た。
出口に向かおうとした辰樹を引き止め、会って欲しい人が居る、と父は云った。
「そろそろ来ている筈だが…。今は自宅を離れてらっしゃるから、この機会に是非辰樹に会いたいと仰って」
そう云いながら父は出口と反対方向に向かった。
初めてこの店に来た辰樹は知らなかったけれど、出入り口は二つあり、もう一方にその相手は居ると云う。
父に付いて歩きながら、辰樹は嫌な予感がした。
───付いて行ってはいけない。
父には適当に云い訳して今直ぐに車に戻らなければ。
そう鼓動が警鐘を鳴らすのに、もう一つの出口を潜る父の手を振り払う事が出来なかった。
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