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「卒業おめでとう。瀬之尾辰樹(せのおたつき)君」
校門の前にずらりと並んだ高級車の中の一台のリムジンに誘われるまま乗り込んだのは、そう声を掛けて来たのがよく見知った顔だからだった。
瀬之尾グループの跡取りとして生まれ育ったとは云えまだ学生で家業にあまり関わっていなかった辰樹だったが、敏腕だった祖父が亡くなってからは、グループ全体の業績が急激に悪化してきている事くらいは理解していた。
祖父が現役の頃はその右腕として力を発揮していた父だったが、自身がトップに立つ器では無かった。
業績の下がった一部を救う為に危険な賭けに出ては破綻させ、それを返上する為に焦ってまた別の所を破綻させるという悪循環で、かつては日本でも一、二と云われた瀬之尾グループもこの二年程で少しずつ切り売りされ、全盛期の半分近くの規模にまで落ち込んでいた。
残りもいつどうなるか分からないと云う状況を救ってくれたのが、向かいに座るまだ若い五条グループの青年社長だった。
「寮の荷物はもう、全部片付いたのかい?」
「はい。昨日の内に全部纏めて、実家に送りました」
切れ長の鋭い瞳を細めて微笑む青年──五条京也(ごじょうきょうや)の事が、辰樹は昔から苦手だった。
祖父の代からグループ同士業務提携を結んではいたけれど、五条の前社長であり現会長の事を祖父はよく侮蔑の色を含んで「あいつのやり方は邪道だ」と云っていた。
実際強引過ぎる企業買収や黒い繋がりなど、犯罪紛いの行動も多く、業界では悪い噂が絶えなかった。
その噂を払拭して、経営方針を正して来たのが京也だった。
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