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けれどもそんな話とは関係無く、彫刻のように整った顔には常に穏やかな笑みを湛えていたけれど、鋭く仄暗い光を奥に宿した瞳は何を考えているのか全く読めず、偶に感じる蛇のように絡み付く視線が子供の頃から理由も無く辰樹の恐怖心を煽った。
「あの、今日は何か」
狭い車内で苦手な相手と二人きりで向き合う状況に耐えられず、辰樹は口を開いた。
高校の卒業式が終わる頃に辰樹の家の運転手が迎えに来ると、昨日荷物を送った時に父の秘書から聞いていたのだが。
怪訝そうに訊ねる辰樹ににこりと笑って、京也が訊ね返した。
「ん?お父さんから聞いてないのかな?」
首を傾げる辰樹に微笑みを湛えたまま京也は続けた。
「本社を移すに当たって、君の実家は売りに出す事になってね。新しい家が大学から遠くなるものだから、うちで君を預かる事になったんだよ」
父とはもう何ヶ月も話してはいなかった。
会社の立て直しで忙しい時期だから仕方の無い事とは云え、そんな大事な事を黙って進めていた事が辰樹にとって酷くショックであり裏切られたような気さえした。
父は婿養子で、元々の主である祖父も母も亡くなった今あの家に未練など無いかも知れないけれど、江戸時代の大名屋敷を明治期に敷地を広げ洋館が建てられ、代々続く屋敷で生まれ育った祖父は大層愛着を持っていた。
祖父は幼くして母を亡くした辰樹に対して厳しくも優しく、様々な事を教えてくれた。
跡取りと云う立場に囚われる事無く、自由に見識を広め自分の本当にやりたい事を見つけなさいといつも云っていた。
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