雨音の向こう

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「ね、おじさんは星空を見るのは好き?」  見返せば、彼女のどこか大人びた笑顔とぶつかった。不思議と、印象が複雑に変わる子だった。 「ここ最近、見てないな」 「じゃあ、明日は星空を見てみてください。星空もね、じっと見てると楽しいんですよ? よく晴れてる日なんか、星が瞬く音が聞こえるような気がするもの。ね?」  突然の提案に、眉間に思わず皺が寄る。すると、すかさず彼女の声が飛んできた。 「あ、またしかめっつらしてますね」 「突拍子もないことをぽんぽん言うからだ。というか、明日も明後日もしばらく雨だぞ」 「えっ」  そう言って、彼女はまた空を見上げた。 「そうなんですか・・・・・・。あ、じゃあ」  言うなり、彼女は両手を合わせた。今度はいったい何を言い出すのかと思っていると。 「おじさんが、明日は星空を見れますように」    優しい声が、雨音のなかに溶け込んでいった。彼女の言葉はきっと、明日の晴れを祈るだけの言葉通りの意味だと思うのに、なぜか彼には、すっかり静寂と無音に押しつぶされて動けなくなっていた自分の背中を、そっと押してもらったような気がした。 「・・・・・・これだけ伝えに来たの。よかった、まだ元気で」  言い方が妙だと思ったが、返すべき言葉を考えるのに精一杯で、頭がうまく回らなかった。その間に、彼女だけが言葉を継いでしまう。 「私、もう行かなきゃ。またね?」  最後に星空のように笑って、彼女は真っ赤な傘をくるりと回して背を向けた。追いかけようとしたが縁側に靴はなく、再度地面から顔をあげた時には、もう彼女の姿は消えていた。一瞬の出来事だった。  また、もとの雨音だけがあたりの静寂を満たす。相変わらず、雨は降り止まない。見上げれば、今もねずみ色の雲に切れ間はない。それでも。 『星空もね、じっと見てると楽しいんですよ? よく晴れてる日なんか、星が瞬く音が聞こえるような気がするもの。ね?』  明日は、きっと晴れる気がした。晴れたら、明日は音楽を聴かずに、空をながめて星の音でも探してみようか。そしていつか、彼女にまた会うことがあったら、ちゃんとありがとうとお礼を言おう。  きっと来るその日を思って、彼は小さく笑った。
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