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「おい」
声をかけると、応えるかのように女性の持つ傘が傾いた。それから、くるりとこちらへ顔を向ける。傾けられた真っ赤な傘と同じ方向に、肩下まで伸ばした髪が一房さらりと流れ落ちた。
「あ、すみません。もしかしてここ、敷地内でしたか?」
凜とした声だった。あまりの明るさに毒気を抜かれて、確かに敷地内だと一言注意するのも忘れてしまった。
先ほどは暗闇のせいではっきりと分からなかったが、彼女の格好はセーラー服で、女子高生であることを窺わせた。最初後ろ姿から感じた雰囲気よりずいぶん若い。制服は、紺色のいたってシンプルなもので、しかも彼女のスカート丈がやや長めであったせいなのか、どこか懐かしい感じがした。
「高校生か? もう、夜遅いぞ。早く家に帰りなさい」
言いながら、自分も真面目なことを言うようになったものだと内心呟く。まだ自分があれくらいの年齢だった頃は、同じくらいふらふらとしていただろうに。
彼女は可笑しそうに笑った。
「おじさん、今、自分も真面目なことを言うようになったなぁ、なんて思ったでしょう?」
「は?」
「顔に出てました。すごく」
言われて、大人げなく仏頂面になる。言わなくてもいいことを、なんとも遠慮なしに言うものだ。
だが、そう思ったら何だか気が緩んで、気付けば彼も口を開いていた。
「そんなことより。こんな雨の日に、空なんて見て面白いのか?」
「え? あぁ、そうですね。でも、ほら」
そう言って、彼女は笑ってねずみ色の空を指さした。
「上から、引っ切りなしに降ってくる雨粒を見ていると、何だか無心になれませんか? どれもこれも勢いよく降ってきて、何度目で追おうとしても、全然追い切れないんだもの」
彼の眉間にますます皺が増えた。とりあえず指さされた方を見上げてはみたが、言っている意味が分からない。
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