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――――――――――
「――えっ……風邪!?」
三年前の今日。地元の神社では恒例の七夕祭りが行われていて、新しい浴衣に身を包んだ私は、じっと鳥居の前で彼を待っていた。約束の時間まであと十分。ちょっと早く来すぎたかもしれない。そう思い始めたとき、唐突に電話が掛かってきた。
『悪い……ギリギリ行けそうな気もするけど……何か熱が上がってきたっぽくて……』
咳の混じった鼻声が電話の向こうから伝わってくる。かなり酷そうだけれど、まさか彼はこんな状態で無理をしようとしていたんだろうか。
色々驚きのあまり、私の語調は少し強くなっていた。
「何言ってるのっ! 駄目だよ、ちゃんと寝てなきゃ……!」
本当は謝る必要だってないのに……それでも彼の言葉は、変わらず申し訳なさそうで。
『……約束、してたのにな』
「来年もあるし、今気にすることじゃないでしょ。……そんなことより、ほんとに大丈夫なの? 何か持って行こうか?」
『いや、大丈夫だ。何やかんやただの風邪だし、寝とけば……、何とかなるだろ』
「……」
咳がいよいよ酷くなっているみたいだった。これ以上は安静にしてもらった方がいいだろう。
「じゃあ、ちゃんと温かくしてね。他にも水分補給とか……あ、あと、首にネギ巻いたらいいって前に――!」
『……そっちは、また今度にしとく』
何故か苦笑いされてしまう。……ちなみに、ネギは焼いた方が良かったんだっけ?
どちらにしろ、この様子では彼がそれを試すことは無いんだろうけど。
「お大事にね。良くなるよう、短冊に書いて祈っとくからっ」
『たまには自分の書けよ……貴重な願い事だってのに、勿体ない』
私にとっては、それだけの価値があると思うんだけど。
『ほんと……悪かったな』
通話が切れた後も、私はしばらく携帯の画面を見つめたまま突っ立っていた。ふと充電の残りが少ないことに気付いて、出来るだけ長く保たせようと画面の電源を切っておくことにする。
祭りはもう本格的に始まっていて、どこの屋台も忙しなくお客さんを集めている。その一つには毎年欠かさず買っているリンゴ飴もあった。相変わらず宝石みたいに綺麗な赤色が店頭に並んでいて、いつもなら、もう小走りで店の前へ直行しているところなのに。
……それを苦笑いで見守りながら、ゆっくり続いてきてくれる彼の姿が、今日はない。
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