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浴衣を新しくしたことも伝えてはいたけれど、実際に見せるのは今日が初めてになるはずだった。ちょっとたじろぐ表情なんかを、想像してみたりもしたけれど。
――やっぱり、帰ろうかな。
ようやくそう決めて、足を本殿とは反対方向に向ける。振り返った拍子に、揺れた巾着が足に当たった。
布越しに固い感触がある。中身と言ってもそれほどなかったので、それが何なのかはすぐ分かった。同時に持ってきた目的も思い出し始める。
「……」
約束――私たちが二人でこの祭りに通うようになってから、もう十年くらいが経つ。最初は祭りの日が近づく度に約束を交わすようにしていたけれど、いつからかそれは当たり前のようになって、去年はもう一緒に行く前提で話を進めたりしていた。今年もそれは変わらない。
だから約束というのは、また別のことだ。
『星がすごく綺麗に見えるんだ』
この辺りはどちらかと言えば田舎だ。都会に比べれば明かりも全然少なくて、そんな環境が星空をより鮮明に見せてくれる。一週間くらい前、彼がそんな中でも一際よく見える場所を見つけたと言って、じゃあ七夕はどうなるのかなと、私が何となくそう返したところ、
『なるほど……気になるな』
『……よしっ。じゃあ、祭りの途中に行ってみるか?』
こうして、私たちは改めて約束をすることになった。彼はすごく楽しみにしていて、私もそれは同じだったと思う。……だから、あんなに申し訳なさそうに謝っていたのは、きっとそのせいが大きかったんだろう。
『危ないから、絶対はぐれるなよ』
その場所へは神社の奥から行けるらしい。真っ暗な森の中を抜けることになるから、彼からはそう釘を刺されていた。一人では危ない、と。
……ちょっとくらいなら。
巾着の中にはカメラが入っていた。お母さんから借りたもので、性能は結構高いらしい。
来年もある。ついさっきそう言ったのは、他ならぬ私だけど。
それでも、今すぐにでもその空を切り取って、彼に見せてあげられるのなら。
……よし。
踵を返して、私は祭りの喧騒の中を駆けていく。
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