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――――――――――
「――痛っ……!」
無理に立ち上がろうとして、右足に激痛が走って尻餅をつく。見ると右足の草履はどこかへ行ってしまっていて、浴衣の下には幾つもの擦り傷が見えていた。足の付け根辺りにも変な熱を感じる。
今すぐに移動するのは……ちょっと無理かも知れない。
「……今、何時だろ」
不安がこみ上げてくる。それを誤魔化すように独り言ちて、私は巾着から携帯を取り出した。浴衣も巾着も酷く汚れていたけれど、どうやら中身に傷などはないらしい。お母さんのカメラのことが気になっていたから、少し安心する。
……けれど、それは一瞬だった。
「え?」
電源ボタンを何度か押してみる。けれど、画面は真っ暗なまま変わらない。壊れた可能性を考え始めて、ふとそれよりずっと確実そうな原因に思い当たる。……画面の電源を切るなんて、悪あがきでしかなかったと自覚した。
試しにボタンを長押ししてみると、一度震えた携帯の画面に充電切れのマークが浮かび上がる。残念ながら、案の定だった。
「どうしよう……」
携帯が使えない。まず連絡が取れないし、そもそも今が何時かも分からなかった。気を失っていた自分の体感なんて、もちろん当てにはならない。もしあれから何時間も経っていたとしたら……それを心配するであろう人たちの顔が、次々に浮かび上がってきた。
目の奥がツンとする。思わず溢れてくるものを振り払って、とりあえず状況を整理しようと、辺りを見回してみる。
景色は開けていて、正面を小さな川が流れている。
背にしている斜面は酷く急で、この足ではとても上れそうにない。
見覚えのない場所……常連なんて言いかけていた自分が、何だか恥ずかしくなってくる。
「――あれ?」
変だ。さっきまでずっと木々に囲まれていたせいだろうか。
辺りが随分と明るくなっていた。少なくとも、周りにあるものを性格に把握できるくらいには。
『星がすごく綺麗に見えるんだ』
『森の中なのに、周りが妙に開けててさ』
『お前もきっと思うよ。そこはまるで――』
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