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呆れながらも、ひろしは現場にトラックを走らせた。
以前、見積もりに行った、あの別荘地へと車を走らせる。
あの女が車を止めて、故障車を装ったあたりに来ると、翔がだんだんと無口になっていった。
無理も無い。あんな怖い目にあったすぐ後だ。
仕事なので、断るわけにも行かず、その別荘地に行くには、かの廃ホテルの前を通らずには行けないので仕方ない。今日は昼間とはいえ、やはりあの記憶は消えるわけではない。
あの日、コンビニに止めた営業車が少しでも早く発進していれば、ひろしと翔はこの世に居なかったはずなのだ。女が空から降ってきて、フロントガラスに張り付いた瞬間に木っ端微塵に割れ、ボンネットには工事用の足場板が刺さっており、女の姿はどこにも見当たらなかった。ひろしの耳に聞こえた「ざんねん」という言葉は、翔の耳には届いていなかったようだ。
あの直後、何か聞こえなかったか?と聞くと、翔はきょとんとした顔をしたので、ひろしはこれ以上、翔をビビらせないためにも、自分の心の中だけにしまっていたのだ。
自然と、二人の意識はあの廃ホテルに向いてしまう。
そこには、女も車もあるはずもなく、二人は内心、ほっと胸を撫で下ろす。
「俺、この仕事、気が向かなかったんスよねえ。」
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