彼の事情

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どんな理由か不明のまま、ワタカベ君が早退をした放課後。 日直だった私は、書き終えた日誌を手に、職員室の前に立った。 聞き耳を立てるつもりはなかったが、担任と学年主任教師の話声がかすかに漏れ聞こえる。 「……優秀なのに、ワタカベも家の事情があるからなぁ」 家の事情? 今回の早退と関係があるのだろうか。 他のクラスの生徒がやはり日誌を手に後ろに立ったので、慌てて「失礼します」とドアを開け、用件を済ませた。 家の事情……。 それはもちろん、どんな家庭にも大なり小なり存在するものだとは思っているけれど。 一点の曇りもなさそうな彼の人生に、どんな事情があるというのだろうか。 しかし、それは私の詮索するところではない。 すぐに思い直すと、自転車のペダルに足をかけ、学校を後にした。
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