1話 生活習慣

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 美術教師は絵画の他に彫刻や、工芸、デザインなど自分の専門があるらしい。俺の学校の美術教師は主に絵が好きなんだろう。たまに粘土とかもやるが、他は触り程度だ。  そんなわけで、俺は美術の授業が好きじゃない。そしていつもイライラしてる。だからだろう。ある日、俺は美術室に忘れ物をした。  一日の授業を終えて机の中の教科書を鞄に詰めている時にソレに気が付いた。友達に先に帰ってもらうように断りを入れ、忘れ物の教科書を取りに美術室へ向かう。  美術室ドアに鍵はかかってなかった。ドアを静かに開けると、ガラガラと音が立つ。窓からは夕焼けが差し込み、教室に見事な陰影を作っていた。  その真ん中にポツンとあるキャンバス。  椅子と絵の具の乗ったパレット。筆。  授業ではいつも、題材のモチーフが置いてある場所だ。周りを囲むイーゼルも椅子も綺麗になくなっていた。  キャンバスに描かれていたのは窓とその向こうに広がる山並みと夕焼け空。  無人の教室でまるで主を待っているような絵。その絵に、絵画に興味なんてもったことのない俺の足は吸い寄せられていった。  オレンジ色の夕焼け空と、青い教室は温かくて寂しい感じがする。なぜか惹かれる。その絵に手を伸ばしかけた時、背後で声がした。 「おや?」  振り返るとコーヒーカップを持った、白衣の美術教師。沖本先生。相手が相手なだけに俺はギョッとし、伸ばしかけた手を引っ込めた。  絵の具で汚れたヨレヨレの白衣の下にベージュ色のセーターとジーンズが見えた。  俺は今まで正面からまともにこの先生を見たことがなかった。大概は背中だ。教壇で説明をしてる姿もシルエットだけしか捉えていない。 「青山君、どしたの?」 「いや、忘れ物して取りに」 「あ、これかな?」  キャンバスの前に座り、パレットの置いてある机の引き出しから一冊教科書を取り出した。 「はい」  先生からは相変わらずあの鼻につく匂いがする。コーヒーを持って現れた時は、それが先生の生活環境の元凶か? とも思ったがコーヒーはまた違う匂いを漂わせてる。 「ありがとうございます」  俺は教科書を受け取り、先生がよそを向いた隙に教科書を鼻に近づけた。クンクンと匂いが移ってやしないかを確認。どうやらまだ大丈夫なようだ。
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