第1章 王子駅

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 僕は仕事を切られてうちのめされていた。  旅にでも出ようかな?  王子稲荷にやって来た。  大晦日の夜になると関東一円の狐が集まってくるって伝説がある。   境内には狐が棲んでいた穴『お穴さま』がある。  天井には谷文晁が描いた龍の絵がある。  これからどうなって行くのだろうか?  今は将来のことなんか考えたくないな?  牡丹園に入る。  春の陽射しが気持ちいい。  陸奥宗光の別邸だったところだ。 「キレイな薔薇だな?この庭園を造ったのはコンドルだって言われているんだよ」  フレンチカジュアルなファッションをした少女が言った。1992年代に流行ったよな?  カットソーに水玉柄の薄手のワンピースを着ている。シフォンのスカーフかよ?懐かしいな。 「お姉さん?もしかしてクーカイかい?」 「空海?」 「イヤイヤ、ブランドには目がなくてね?」 「そーゆーお兄ちゃんはピタTかい?」   1994年~1995年に流行ったよな?  何を隠そう僕は1995年からやって来たんだ。  神戸の大震災はスゴかったな? 「あの頃ってさ?ミニマム化が進んだんだよね?」  この姉ちゃん、スタイリストか何かかな? 「そうそう、タイトミニとかカルソンとかが流行ったんだよね?」  1992年のファッションをしてるのに1995年のことを知ってるってことは、僕みたく死んだワケじゃないらしい。 「これからどこに行くの?僕とデートでもしない?」 「うっせー!カマ男」 「ねーねー名前教えてよ?」 「リカだよ」    東京メトロ南北線に乗り込んだ。  エメラルドグリーンの車両。  地下鉄って風がやたらうるさいんだよな?  吊革につかまってストレッチをしていると、ビビッドレッドの派手なスーツを着た女が近づいてきた。バブルの薫りがプンプン漂ってくる。 「兄さん、マハラジャでも行かない?」  ボディコンスタイルの女がワンレンをかきあげる。彼女が着ているのはダイアン製のスーツだ。  マハラジャってのは六本木にあったディスコだ。  もしかしたらこの女は幽霊なのかも? 「イヤァ、ちょっと用事があってさ?」  女は写ルンですをバッグから取り出した。 《写ルンです》が発売されたのは7月1日だから、少なくとも1986年の7月1日までは生きていたことになる。デジカメや写メなんて彼女は知らないのかな? 「ハイチーズ」  カシャッ!光が瞬いた。    
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