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「……ちょっと待って、わからん」
「うん。わからんとっていいよ」
「いや、そうじゃない。わかんないのは」
わかんないのは、そんなに早く切り替えができるのかとか、父のことをもう好きじゃないのかとか、それから……。
母は何も言わず見つめている。
対してヨウスケは母の顔を見ることができなかった。額に視線を感じながら、ただ拳を握った。
気まずい沈黙が流れる。
テレビでもついていれば、その話題ができるのに。
そう、思った時だった。
玄関の引き戸がガラリと開く音がした。
「お、お客様かな?」
居間の扉の奥から、見覚えのない顔が現れる。
年は50代くらい。長身で細身だからか、スーツ姿が絵になる。父とは全く違うタイプの男の人だった。
「あなた、実はヨウ……」
母のその声を聞いた時、ヨウスケの中で何かが弾け飛んだ。目の前が真っ白になった気がした。
ヨウスケは持ってきたバッグを勢いよく掴むと、ドアの前に突っ立っている男の人を押しのけ、急いで家を出た。
母の呼ぶ声がしたかもしれない。
それでも、脇目もふらずに走り去った。ただ、あの空間にいたくなかった。知らない家族がいるその場所から少しでも遠ざかりたくて、祭りの太鼓の音が聞こえなくなるまでヨウスケは走り続けた。
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