第1章 祭りの界隈

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かすかな御香の香りが鼻腔の奧に残って、どうしても消えない。 その香りは鼻腔を通り抜け、三半規管をくぐっていく。 ねえ、お願いだから・・・・・・。 真っ暗な記憶の奥底から、誰かの声が聞こえた気がして、ヨウスケはゆっくりと目を開けた。 黒基調の箪笥に机。 頭の横のカーテンは少しだけ開いており、電車の音がするたびいやいやと揺れ動く。 そうか、戻ってきたんだ。東京に。 ヨウスケは大きく伸びをすると、体に巻きついているタオルケットを払いのけた。 時刻は朝の8時半。 一瞬ぎくりとしたが、机の上に置いたままの紙切れを見て、高鳴る鼓動は自嘲の刻みに変わった。 オレには、もう働く場所なんかない。
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