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水たまりが白く光る。
朝露のにおい。
軒の下に植わっている紫陽花の青が、寂しげに揺れる。
昨夜は、雨が降ったらしい。
アスファルトが水に濡れて、周りの家々を映し出している。
砂絢は真っ赤なパンプスからスニーカーに履き替えると、朝靄のたちこめる道路へ歩き出した。
一夜を過ごしたホテルは周りを取り囲む木々に隠れて、あっという間に見えなくなる。
蛇行する坂道を転ばないよう気をつけながら降りていくと、一台のセダンが止まっていた。
その脇に佇む黒い影が、砂絢を見つけるなり恭しく出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、お嬢様。夜遊びは終わりましたか?」
嘲りを言葉の裏に隠し、執事然としているその男は一礼した。
背筋が伸び、角度も完璧、時間も丁度いい。
ビデオに撮って新人研修にでも使おうかしら。
近頃の鬱憤のせいか、そんな黒い考えが頭をよぎる。
ため息が出そうになるのをなんとか堪えると、自分の作れる最高級の怖い顔をした。つもりだ。
「あんたのそーゆーとこ、嫌いよ。安住」
それを見た安住は口の端だけで笑う。
「まあ、お嬢様は言いすぎましたか。お嬢さん」
「……はやく出して」
「仰せのとおりに」
お嬢様なんて家柄じゃあありませんからねぇ、などとひとりごちる安住は、確か砂絢のマネージャーのはずなのだが。
仕草と言葉遣いが様になっているため、関係良好だと周りには思われている。
が、蓋を開けてみれば、このとおり思ったことを何でも口にするし、砂絢の頼み事の75パーセントくらいは素通りされている。にもかかわらず会社には大人の事情で言えないのだから、砂絢の腸は煮えくり返って仕方がなかった。
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