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第三話 もののあはれ
(紫式部様。源氏の君、彼の最大の魅力は何でしょうか?
当時の理想の男性像だったのでしょうけれど、私には未だ理解不能です)
私は単刀直入に切り込む事にした。
…風が微かに耳をかすめていく…。
『…あなたは、既に彼の虜になっているのですね…』
(…え…)
優しい語り口で、されど最も触れて欲しくない部分に切り込まれ、
ぐうの音も出ない。
さすがだ…。
『作者冥利に尽きまする。嬉しい限りです。
気になって仕方がない。彼以外考えられない。
まさに、あなたの状態が「虜」になった証…』
流れるように軽やかに優しく話続ける。
例えるなら、小川のせせらぎ…であろうか。
『それが、彼と情を交わしたい、女として愛されたい。
そちらの願望に向かえば、まさに「せつなさに、千々に乱れて…」
の状態となるのです。
皆さまが研究されているように、
彼は「ものもあはれ」を体現する男、とも言えるでしょう』
…もののあはれ。
平安時代の文学の美的理念の一つとされ、
目に映るもの、聴こえるものにしみじみとした情感、無常観。
それらに対しての哀愁を表したものを言う。
直接的な表現を避け、洗練された繊細さを重視する。
まさに「源氏物語」そのままである。
彼女はさらに続ける。
それは小川のせせらぎのように心地良く響く。
『…お仕えしていた彰子様、ひいては帝のお気に召すお話、
更に、宮中の多くの女房達の望む物語。それらを書き綴るのは、
楽しい反面、苦悩でもありました…。
何せ、男性の好みは人それぞれ異なるものですからねぇ…』
ああ、少女のようにはにかんだ笑みを浮かべる彼女が、
目に浮かぶようだ。
そしてその言葉で、全てが理解出来たような気がした。
勿論、全てを理解する事など不可能であるのだが。
(…いつの時代も、大人気のクリエイター達の苦悩は共通するのですね。
自分が描きたいものと、多くのファンが求めるものが完全に一致すれば
非常に楽しく、この上無い幸福で満たされるもでしょうけれど、
それらが一致する事はまず難しい。
残念ながら、私は物書き気取りのアマチュアなので、
その苦悩は想像でしかありませんが…)
私は苦笑しながら答えた。
その苦悩、一度は味わってみたいものだけれど…と思いながら。
『…自身が描きたい物を好きなように自由に描ける!
それはとても幸せで満ち足りた事だと思います。羨ましい事です』
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