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──震えていた身体が落ち着いた。
魔族だからか、暫くすると心の中に占めていた恐怖は鎮圧され、平常心が戻る。
・・・・・不思議と何も思わない。
大丈夫だ、もう怖くない。
その後に直ぐに感じたのは、ふつふつと湧き上がるクライシュへの怒りだった。
魔族の特性によりすぐさま平定されるソレだが、小さな怒りとして長引く。
───・・・・・騙された。あいつ・・・・・!!
が、青年同様にその姿はない。ということは、答えは一つ。
「・・・・・ちっ!!」
魔物の声に混じり、舌打ちがやけに大きく響く。──それで更にイラついた。
───逃げやがったな。
〝逃げた〟──その事実で、小さな怒りだったモノが膨れ上がった。しかし再度、一定まで抑えられる感情。
──・・・・・悲しいかと問われれば、その答えは〝悲しくはない〟
実力測定としては少々やり過ぎだが、それに見合う実力を見出されているのなら仕方ない。
──ただ、事前に誤った情報を伝える、という事に怒りを感じた。
その時のクライシュの顔を思い出したが、嘘をついているようには見えない。
しかし、その言葉は〝嘘〟だった。
───デジャヴを感じた。私は、騙されてものすごく怒った記憶がある。
───・・・・・何処でだろう。前にもこんな事があったような気がしなくもない。・・・・・会社だったっけ?
暫し考えて、すぐさま否定。どうしても思い出せない。
まあいい、と自身の中で無理に一区切りをつけた。
『ウォォオオオン!!』
突如、魔物が雄叫びを上げて、こちらへと突進してくる。
──しっかりとその姿を捉えて、最小限の動きだけで避けた。
集まる視線を一身に受け、私は長く息を吐く。どうやら、うだうだ悩む時間は用意されていないようだ。
体内で巡る自身の魔素が、その勢いを増す。
身を低く屈め、対戦相手を見つめながら私は言った。
「──やってやんよ・・・・・期待通りにね」
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