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完全に意識を失った事を確認し、〝彼〟は起こさないように、そっと彼女から離れる。
頬に触れていた手を名残惜しそうに戻すと、彼は立ち上がった。そして周りの炎の海を見て、思案する事約1秒。
不意に、彼の足元から〝黒〟が広がった。それは闘技場全体を染め上げる。
無論、誰もいないこの場で、それに気づく者などいる訳がなかった。
勢いの止まない熱風に揺れる黒髪。血で染めたような紅い瞳が、その隙間からちらつく。
薄い唇が開いた。
「───《食え》」
たった一言──発した言葉はそれだけだった。
しかし、次の瞬間───光が消える。
嘘のように静まり返る闘技場。残されたものは、見るも無残な傷跡のみ。
あれだけ猛威を振るっていた業火は、瞬きをする間に消え失せていた。
──否、〝黒〟によって呑み込まれていた。
煤まみれのフィールド内で彼は微笑む。それは横たわる少女に向けられたものだった。
身を屈め、割れ物を扱うかのように彼女に触れる。
「やっと、見つけた。僕の──」
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