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今日もウェルバートの前に食事はない。特にその事には触れずに、私は目の前に置かれた前菜に手をつける。
何故、毎回食事を見ているだけなのか──そう聞きたいのは山々なのだが、立場的にも余計な事には触れない方がいいだろう。
───もし、性癖だと答えられた時にはどう返せばいいのか分からないし。
個人の性癖に偏見はありません、ええ本当に。
──黙々と食べる私と、それを黙って見ているウェルバートという謎の構図。
そうして、漸くメインディッシュであるステーキに、ナイフを差し込んだ時だった。
「───伝説上の希少種族」
「・・・・・・・・」
呟くように聞こえたウェルバートの言葉。一瞬、肉を切る手が止まる。
しかし、即座に平静を装いナイフを動かした。
続いて問いかける声。
「──って知っているか?」
「・・・・・、聞いたこともありませんね──それが何か」
じゅわ──視線を落としたまま、肉汁が溢れ出る様子を眺める私。
カチャリ、とナイフと皿が触れ合う音。ソースと共に、切れた一口大の肉を口に運んだ。
数回の咀嚼───尚も私は顔を上げない。
「・・・・・いや? 書庫に『伝説上の種族』という本があってな。 意外と面白かった──ただそれだけだ」
「そうですか、今度読んでみますね」
最後の一口を飲み込み、顔を上げる。この部屋に入ってから、初めて視線が絡み合った。
──お互い何も言わずに、ただただ顔を合わせるのみ。
・・・・・それは、一見して意味の無い行動に見える。
──が、そこでは水面下の読み合いが行われていた。
私はウェルバートの発言の意図を。ウェルバートは・・・・・恐らく、私の正体を。
意図はどうであれ、ウェルバートは私が人間では無いと、ある程度見当がついているのだろう。
少なくとも疑ってはいる。
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