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へーえ、とインク壺を凝視するクライシュ。放っておいたらずっとその状態になりそうだ。
「ほら、もう行くよ」
「・・・・・はーい、今行くっす」
名残惜しそうな顔で見ているが、敢えて触れずに放っておく。今はさっさと部屋に戻って、借りた魔法語辞典を読みたいのだ。
そんなワクワクした気持ちを胸に、城の中へと入ろうとした───そんな時。
───チクリ
見知った小さな痛みが首筋に走る。───忘れもしない、あの時の痛み。
──エンシャと別れたあの夜の痛み、だった。
「・・・・・なぁーんか、嫌な空気っすねぇ」
クライシュもそれは感じているようだ。しかめっ面で辺りを見渡しては、ピリピリと警戒している。
一瞬にして張り詰めた空気。
何故ここに、だとか、何処にいるのだろう、という疑問が頭から離れない。それだけがグルグルと回り、心臓が大きく跳ね始めた。
───感じたのは『緊張』である。
乱れる呼吸、湧き上がる不安。拳を握りしめていないと、何かが暴走しそうだった───しかし。
───・・・・・まただ。また、これだ。
ピタリ、と。
何かに強制されたかのように、直ぐに無くなってしまう。後に残るのは平坦な感情のみ。
そうしていつの間にか、刺すような痛みも無くなっていた。・・・・・結局、その正体も分からぬままで。
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