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だけど、戦友との別れは突然に訪れて、一ヶ月後、おしゃべりを楽しんだその地下鉄に裕子が乗ることは無くなった。
裕子は更紗と偶然再会したあの日、
会社に退職願いを出し、一ヶ月後に辞める事が決まっていたらしい。
更紗は裕子が最期に乗った地下鉄の
車内で彼女の口からその事を聞き、
今日が最終出社日であると知った。
「言わなきゃと思っていたんだけど、言うタイミング逃しちゃって。ごめんね」
裕子は退職後、家庭に入るそうだった。
「子供との時間をね、
もっと持ちたいって前から思ってて」
更紗はその言葉に、戦友だと思っていた裕子が、他の旧友達と同じ距離に戻ってしまう気がした。
今、更紗は彼女の潔い決断を羨ましい、と強烈に思い、仕事を辞める理由を子供に出来ない自分を歯痒く思っている。
だからこそ裕子は私にずっと辞めてしまうことを言わなかったんだ。いや、言えなかったんだ。
昔から諦めの悪いようなとこのある私を
、仕事と家庭の両立を意地を張ったように築いている私の働き方を、今みたいにぐらぐらと危うくさせないように。
キャリアウーマンとしての長い戦を終え、愛娘の元へと今、地下鉄を降りていく旧友の後ろ姿に、更紗は心の中で呟いた。
(長い間、本当におつかれさまでした)
二人のこれからを隔てるように締まった扉に更紗はふうっとため息を吐いた。
地下鉄が再び走り出す。
二人のレールは別々に伸びていく。
かなやん、ありがと、ね。
私の愚痴に一ヶ月も付き合ってくれて。
仕事と家庭の両立とかもう考えなくて良かったはずなのに、親身になって話を聞いてくれて。
短い間だったけど、元気もらえたよ。
あなたはいなくなっちゃうけど、
またどこかで会えるよね。
大変なのは私だけじゃないって、
勇気や元気もらえる戦友に、
またきっと会えるよね。
だから私はまだこれからも、
この時刻のこの地下鉄に乗るよ。
更紗は裕子の座っていた座席に触れた。
急に味方がいなくなったようで、
なんだか涙が出そうだった。
まだまだ弱いな、私。
まなとの為に、口紅なんかに頼らないくらい、あかるい母でありたい。
『まあ、そんなところが更紗の良いとこよ』
裕子の声が聞こえた気がした。
地下鉄の扉がガタンと勢い良く開く。
……さあ、降りなきゃ。
私も可愛い我が子が待っている。
〈終〉
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