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御室様と重ねる一日一日を、無事に終えられますように、また明日を共に見られますようにと、絹の布地で包むがごとく、大事に大事に過ごしていった。
三日を経た夕べには、もう一匙の粥も薬も飲めなくなられた御室様が、二条様の小袖を着たいとおっしゃって、
「あれを」
指差すところに目をやれば、板間の上に風呂敷包みが見える。
あれはいつも読経の席で、御室様が御身の側近くに置いていたもの。
結び目を解いてみると、いつかの白小袖がかすかな香の匂いとともに現れた。
最期の最期になって、この上は、むかし交わした女の小袖を着たいとおっしゃるのか……。
「呆れたか」
「……いいえ」
二条様の空蝉を纏い、ひとり黄泉路を行かれる御室様のあとを思えば──ただ悲しく、つらいだけ。
横に向けるのも苦しいお身体を手伝い、肉の削げ落ちた腕に小袖を通してなんとかご希望を叶えてやると、御室様はようやく胸のつかえを落とされたように、ほう……と長い息をついた。
目元はわずかに笑んで、もうはや仏の訪れをとらえていらしゃるかのような。
「一夜の……」
「え?」
ふいに手招きをなさるので、近づいてお言葉に耳をこらすと、また文を書きたいとおっしゃる。
このお体では、もはや……と思ったが、望みに従う。
やわい紙が鉛に見えんばかりのおぼつかない手つきで、やっとやっと、
一夜の この世のままでは
とまでを、わずかに文字に成したところで、がくりと筆を落とされた。
「御室様」
「もう、書けぬ……私が死んだら、この、文を、文箱に入れて、二条様へ……」
「はい……はい、御室様、必ず届けますゆえ」
答えると御室様は、安心したように目を閉じられた。
終わりのときが、刻一刻と近づいてきている。
私にできることなど、もう何もない。
そう思って文箱を引き寄せると、黒くつるりとした文箱の鏡面に、二条様とよく似た者の顔が映っていた。
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