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文とおっしゃるものとは、むろん二条様へ宛てたものだった。
『この世であなたに逢えるのが、まさかあれで最後になりますとは思いもしませんでした。
かようなる病に命刈り取られることよりも、なお気がかりなのは、それでも尽きぬ愛執の名残です。
この未練がましさが我ながら罪深く、あなたに遺した鴛鴦の夢の行方も、気になるばかりで……』
――身はかくて おもひきえなむ煙だに
そなたの空に なびきだにせば
私はついに恋の炎に焼きつくされてしまうけれど、せめて荼毘の煙になって、あなたの空に、その傍らに、たなびくことが叶うのなら……
書いた文を手にした私は、涙が止まらずどうしようもなかった。
ああ。
敵わない。
覚悟の時にこうまで言わせておしまいになる方に、私がつけいる隙などどこにもない。
どこにもなかったのだ……。
「どうした」
案ずるような瞳が私を映した。
「い、え、御室様の――ねえさまを思うお気持ちに、感じ入っていたのでございます」
「ねえさま?」
「あ、あ、すみませぬ、不敬とは存じておりますが……」
「二条殿が、そう呼べと……おっしゃったのか」
「姉と思えと」
「そう……か。まこと、美しき、似合いの姉弟である。よい姉を持ったな――」
良い姉、といわれると、如何ともしがたい心地になるけれど。
こっくりと頷いて見せると、御室様は嬉しそうにほほ笑んだ。
「お前に、言っていないことが、もうひとつ、ある……」
「なんでございましょう」
心安く問うてしまったが、
「実は、熊野に掛けた願いは、もう一つあるのだ……」
とのお言葉には、また凍りついた。
「いつか、二条殿が、私を……遠く離れられた、時に」
私は次の言葉を聞くのが恐ろしく、ごくり、息だけを飲み干した。
「……必ず……必ずまた貴女と契ると、大願を」
「……ああ!」
私は両の手で顔を覆った。
ああ、僧侶の身でありながら愛執を願うその罪深さ、命と愛と、二つながら重い誓願を掛けたその恐ろしさ、なんということ、なんということか……。
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