(八)、人形の幕引き

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文とおっしゃるものとは、むろん二条様へ宛てたものだった。 『この世であなたに逢えるのが、まさかあれで最後になりますとは思いもしませんでした。 かようなる病に命刈り取られることよりも、なお気がかりなのは、それでも尽きぬ愛執の名残です。 この未練がましさが我ながら罪深く、あなたに遺した鴛鴦(おしどり)の夢の行方も、気になるばかりで……』 ――身はかくて おもひきえなむ煙だに そなたの空に なびきだにせば 私はついに恋の炎に焼きつくされてしまうけれど、せめて荼毘の煙になって、あなたの空に、その傍らに、たなびくことが叶うのなら…… 書いた文を手にした私は、涙が止まらずどうしようもなかった。 ああ。 敵わない。 覚悟の時にこうまで言わせておしまいになる方に、私がつけいる隙などどこにもない。 どこにもなかったのだ……。 「どうした」 案ずるような瞳が私を映した。 「い、え、御室様の――ねえさまを思うお気持ちに、感じ入っていたのでございます」 「ねえさま?」 「あ、あ、すみませぬ、不敬とは存じておりますが……」 「二条殿が、そう呼べと……おっしゃったのか」 「姉と思えと」 「そう……か。まこと、美しき、似合いの姉弟である。よい姉を持ったな――」 良い姉、といわれると、如何ともしがたい心地になるけれど。 こっくりと頷いて見せると、御室様は嬉しそうにほほ笑んだ。 「お前に、言っていないことが、もうひとつ、ある……」 「なんでございましょう」 心安く問うてしまったが、 「実は、熊野に掛けた願いは、もう一つあるのだ……」 とのお言葉には、また凍りついた。 「いつか、二条殿が、私を……遠く離れられた、時に」 私は次の言葉を聞くのが恐ろしく、ごくり、息だけを飲み干した。 「……必ず……必ずまた貴女と契ると、大願を」 「……ああ!」 私は両の手で顔を覆った。 ああ、僧侶の身でありながら愛執を願うその罪深さ、命と愛と、二つながら重い誓願を掛けたその恐ろしさ、なんということ、なんということか……。
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