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──そうだ。私にできることが、まだたったひとつだけあるではないか。
でも、それは難しい試みだ。御室様のお心を欺く行いでもある。
それでも、それでも──。
か細い糸を手繰るように、私はそっと局の奥を探った。
有用な物をあれこれと引き出してから、鏡を立てて、髪をといた。胸に届かぬ長さでも、後ろに垂らせば長くも見える。
かあさまの形見の道具箱から、白粉を探して水に溶いた。それを額や頰につけては伸ばし、つけては伸ばして、その後に和紙を当て、濡らした刷毛で何度もはいてから、仕上げに乾いた白粉をはたいた。
眉を引き、唇に紅を差して、おかしなところがないかを引いて見る。それらのやり方はみな、御所様の女房らが私に施した手順をそっくり真似たもの。
最後にかあさまの深緋の袿に袖を通して、髪を後ろに垂らした。
「……あ」
鏡に映った顔は、自分が想像していたよりも、二条様に似ていた。
これならやれるかもしれない。否、きっとやりおおせるのだ。今ばかりは女に扮し、晴れやかな着物の内に何もかもを隠して微笑んでみせる。
二条様との思い出に、身代わり人形として招き入れられた私なのだ。
ならば最後まで人形を貫け。
それが私の、精一杯の愛の証跡。
ざざ、ざざざ……雨音がする。
心を決めて立ち上がり、眠る御室様のお側に侍った。
「お……」
起きてください、御室様。呼びかけそうになる口元を覆った。声を出したら気づかれる。そうなってしまえば一巻の終わりだ。
やんわりとお体を揺すった。
一度、二度、三度繰り返したところで、硬く閉ざされていた瞼がじわりと開いた。
さらに揺すれば、虚ろな目がやわやわとこちらを向いて、
「あ……、あなた、は……」
絞り出すような声が、私を呼んだ。
「に、じょ……どの……?」
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