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もう動かないと思った指先が、私の手首を絹越しに触れた。私は微笑みながら鷹揚に頷いた。すれば御室様の瞳から、ぶわと泉のような涙が溢れる。
「し、んじら、……こは、夢、まぼろしか……」
目が落ちるのではないかと思うほど丸くして、瞬きもせずに私を、――私を通した二条様を見つめられる。
その手を包み返し、ゆったりとした所作で首を横に振った。
「ああ、たたかい、お手だ……、血が、通うて」
私はまた頷いた。
「あ……あ、わた……が、ねむ……まで、お、お側に」
ええ、もちろんでございます。
誰もいなくなろうとも、私だけは最後までお側にいると誓いました。
にっこりと頷くと、ますます縋るような目が涙を流した。
こんなにも必死に愛を乞うお姿など私は見たことがない。そう、二条様はいつも、こんな目を向けられておいでなのか。……
「あ、……こ、皇子、は」
生まれた皇子は、もう御所様がどこぞに連れ去ってしまったと伝え聞いている。
私は俯き、目を閉じて首を横に振った。
御室様は悲しそうに眉を下げた。
また少し経つと今度は、例の交わされた小袖を身につけられたお話や、竜宮殿に預けている大乗仏典二百巻を、自らを荼毘に付すその薪にするおつもりのことなど──思いつくままに懸命にお話になるのを、ただ黙って傾聴し続けた。
殊に、愛しております、二条殿。そう繰り返しおっしゃるお言葉の真摯さに、胸を塞がれた。
「ふ……ふ、みは……」
次は文の心配をなさるので、さっき託された文箱を持ち上げて見せた。
御室様はそれでほっとしたように頷かれた後で、
「さ……あ、子は、三条、は……?」
思いがけず私を気にされたのには肝を冷やした。嬉しいけれど、いよいよ気づかれるのではと緊張して、俯いて静かに首を横に振った。
「そう……か、ではい、家に、か、良かっ……」
なんと? 私は家に帰ったと思われたのか。主人の臨終に帰宅するとは、御室様の中で私は随分と不忠義者のようだ。
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