柔らかくて甘く冷たい舌

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「好きな人が出来た、ごめん別れて」 いつもと変わらない夕食後、一年間同棲した男に唐突に何の予告もなく別れを告げられた。 「何それ。あんたの片思いとかじゃなくて? だったら話になんないから」 「ごめん……これから付き合うんだ、そのコと」 ーー何それ。 あたし、二股掛けられてたってこと? しかもこいつ、悪びれる素振りもなくあたしの前でどこの馬の骨とも分からない女とこれから付き合うだなんて、よく言えたものだ。 ……殺してやりたい。 マジで殺意が芽生えそう。 「それでさ、アイコ、ここ俺のアパートだから、お前出て行ってもらえる?」 「……はあ?」 今、こいつ何て言ったの。 一方的に振っておいて、すぐさま出ていけと? ヨシキ……あんなに優しかったヨシキが、こんなに冷酷な人間だったなんて知らなかった。 ......マジで殺すか? ーーだけど、すぐさま殺意は失われた。 冷静に考えると、結果、あたしが男を見る目がないだけなのよね。 ヨシキの何を一年間も見てきたのだろう。 食べ終わって山積みになった汚れた皿を眺めながら、あたしの頭はどこか遠くへ投げ出されたように空っぽになった。 水道の蛇口から流れる水は、カレーがついた黄色いシミを剥がしとって排水溝へと飲み込まれていく。 汚れた皿はあっという間に元通り真っ白になる。 だけど、あたしの心のどす黒いシミはどうしたってもう消えない。
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