柔らかくて甘く冷たい舌

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過去の男たちの声がする。 『ユキナちゃんの――がどうしても忘れられなくて――』 久し振りに思い出して吐き気がした。 今回の事は今までの事と関連性はないはずなのに、どうして思い出してしまったんだろう。 あたしだって、あの時のあたしじゃない。 呪縛を解くように、何度も何度も呪文を唱えるように自分に言い聞かせ、乱れた呼吸を整えて心を落ち着かせる。 やはり過去の呪縛が、恋人の裏切りにあってさえも冷めた女でいてしまう心を作り出したのかも知れない。 その晩はカプセルホテルに泊まり、女友達に連絡して事情を説明し、暫く居候させてもらう約束を取り付けることに成功した。 ――二日後、あたしは残りの荷物を片付けにヨシキのアパートに帰った。 本当は捨てて貰ってもいいようなどうでも良い代物ばかりだったが、性格上どうしても自分で片付けてしまわないと気が済まなかった。 だが、ヨシキには会いたくなかった。 だから、あいつが仕事に行っているであろう昼間の時間帯を狙って、貴重な有給休暇を使いあたしはヨシキのアパートに来た。 この後ポストに投函する予定の合鍵を鍵穴に回し入れる。 玄関に入ると、思いもかけない光景が目に入った。 ヨシキの靴、それに、女性のハイヒール―― リビングから、何やらヒソヒソと男女の囁き声が聞こえる。 それは時折途切れ途切れになり、吐息交じりの声がしたかと思うと、くちゅ、と何かが吸い付く音が混ざり合う。 「――本当に……最高だよ――ユキナ……」 あたしは咄嗟に叫び出しそうになる口を押えた。 ユキナ――ユキナ――と、そう言った。 確かに、その名前をあたしは耳にした。
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