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 音は、なかった。  まだ頭がぼやける。思考がまとまらない。寝起きで半分夢見心地になっている時と同じ気分がする。足元がおぼつかない。  私は今地下鉄の中にいる。そのことはわかるのだけれど、ここがどこだか全く分からなかった。  白い。とにかく白い。窓の外も、電車の車内も、いつの間にかたくさん同乗しているたくさんの人影も白かった。唯一私だけが色づいているような気がする。なんとなく居たたまれない気持ちになる。  だけど、凄く眠い。私は目の前に立っている白い人影に申し訳なく思いつつも、立ち上がることができなかった。両隣に座る白い人影の体にもたれながら、私はそのまま眠ってしまいそうになる。瞼が重い。 「ダメよ、眠ってわ」  誰かの声が聞こえた。とても、とても懐かしい声。どこかで絶対に聞いたことがある声。まるで両親の声のように、久しぶりに聞いたはずなのに大事な人の声だとすぐ判別できる声。  だけど思い出せない。寝ぼけた頭で必死に考えようとする。誰だっけ、どこで聞いた声だっけ、どこだっけ。  唯一この電車の中で立っているその白い人影は、笑ったようだった。 「あなたは昔から、自分のこと優先だったものね。眠いから席を立ちたくないなって今思っているんでしょう? 席を譲りたくないなって。ふふふ、変わらないわね」  ……誰だかわからないけど、そんな言い方しなくてもいいじゃない。私だって、少しは人に優しくしたことだってあるもん。 「知ってるわ。あなた、遊園地の帰り道、あなたははしゃぎ過ぎてヘトヘトだったのに、妊婦さんとそのお子さんに席を譲ってあげたわよね。その後機嫌悪くなっちゃったけど、でもあなたは優しいから席を譲ってあげたのよね?」  ……違うわ。あの時、単に席を譲る姿を見たから、真似しただけなんだもん。それにあの後、私はとても大好きな人に意地悪をしてしまったし……。 「知ってるわ。あなた、思春期で家族に反抗的だったのに、お見舞いには来てくれたでしょう? あの時とっても嬉しかったのよ?」  ……違うわ。あの人が病気がちになったのは、全部私のせいだから。その罪悪感を誤魔化すためにお見舞いに行っただけよ。決して優しさからじゃ……。 「知ってるわ。あなた、私の看病をしてくれたんでしょう? 私が独りぼっちじゃかわいそうだからって、頑張ろうとしてくれて」
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