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……違うわ。私は家でゆっくりしたかったから、看病なんて留守番する体の良い理由付けでしかない。実際、私はちゃんと最後まで面倒みようとしなかったし。
「違うわ。あなたは、いつも優しいのよ。でもちょっと自分に自覚がないだけ。自分の優しさに自信がないだけ。あなたは、本当に、とってもいい子なのよ?」
……違う、違う。私は、私は、最低なんだ……。
私は涙を流していた。なんでこうなってしまったんだろう、そういう後悔の念だけが残る。
私の大事な家族が煙になって天高く舞い上がっているとき、ずっと後悔していた。なぜもっと優しくできなかったのか。なぜもっとあの人を大切にできなかったのか。なぜ彼女の愛情に気付くことができなかったのか。なぜ、なぜ、なぜ。
私の目の前に立つ白い人影は、私の頭をそっと撫でてくれた。
「あなたがこの電車に乗っていて驚いたのだけど、そういう後悔があったからつい引き込まれちゃったのね。でも大丈夫、わかったわ。あなたの気持ちはよくわかった。だから、ね? もう泣かないで?」
……私は、私は……。
「本当はもっとお話ししたかったけど、もう時間がないの。お願い、私にそこの席を譲って頂戴。あなたは人に席を譲るのは嫌かもしれないけれど、でもダメなの。ほら、私久しぶりに自分の足で立ってるから、もう疲れちゃって」
冗談めかした口調で白い影が言う。しかし、その足が震えているのが俯いた私の目には映った。
本当に疲れたからなのか、それとも急いで私を立たせたくて焦っているからなのかわからない。でも私は、この白い人影に席を譲ってあげなくてはいけない気がした。
私は頭を一回強く振ると、よろける足を踏ん張らせて席を立った。そして他の座っている人影たちに注目さられている中、目の前に立っている白い人影に私は手を差し出した。
「席を、どうぞ。私は、もう、すぐに降りますので」
「……ありがとう」
白い人影は嬉しそうに小さく呟くと、私が座っていた席によっこらしょと腰を下ろした。
私は立ったままその白い人影を見下ろして、目を凝らした。顔は相変わらず白い靄がかかっているようで見えない。でも、その人がいったい誰なのか分かっていた。生まれてから何度も見たことのある顔だ。
だから私は、最後にその人影に別れを告げた。
「さようなら、おばあちゃん」
光が強くなる。
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