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だけど、僕には願望がある。
ハンドルはいつも人間が握るけれど、本当は自分で好きなように走りたい。
あわよくば操縦席に入れたくない。
ただでさえレールの敷かれた状態で、僕はその上しか走れないわけで。
だからせめて、自由の効くところでは僕の好きな走りをさせてくれてもいいと思うんだけど、ちょっとでも揺れようものなら、お腹から乗り降りする人間がなんたらかんたら文句を言うから、仕方なく安全運転に付き合ってやってるだけだ。
本当は、同じ鉄の塊なら、F-1になりたかったんだから。風を切ってブイブイいわせたかったんだ。
それが何を間違ったのか、目覚めてみたらコンクリートの箱みたいな中に閉じ込められてるじゃないの。
僕の専属ドライバーなんていなくて、入れ替わり立ち替わり人が乗るじゃない。
体にはたくさん穴が空いてて蜂の巣にされたみたいだし、全然イメージと違う。かっこよくない!
せっかく命を授かったけど、残念な車体だったってわけ。
走れないまま廃車よりはよかったけど。
そんなことより、僕はバック走行が嫌いなんだよ。人間にも得意不得意、好き嫌いがあるように、電車にだってあるわけよ。両方頭だと思ったら大間違いだぞ。
だからやっぱりバック走行はフロント走行より揺れが大きくなっちゃうんだよね。
まあ、操縦する人間の好き嫌いで、フロントだろうがバックだろうが揺れることはあるってのはここだけの話。
僕は「お前嫌いだ」ってのを、揺れとか急ブレーキとかでアピールしてるんだ。
つくづくヘタレだと思うが許せ。
これくらいの抵抗しかできないのさ。
そんな僕だけど、鉄が腐食してボロボロになるまで頑張って働くから、みんなよろしくね。
同僚も先輩もいいやつばかりだし、人間たちがお買い得な料金プランも考えてるよ。
地下鉄は弱っちいんだけど、寿命は外のやつらより長いと思うんだ。
だって、風にも雨にも雪にもさらされてる時間が短いからね。
こんなところで僕の話は終わりだよ。
独り言のつもりだったけど、聞いてくれて嬉しいよ。
じゃ、新入りが来るから、続きはまた今度、僕が暇な時かな。
またね!
僕は、地下鉄に乗ってくれる人々に向かって汽笛を鳴らしながら車両基地の奥へと消えた。
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