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(…ああ)
僕は、僕の貧弱な身体を死に至らしめるには十分すぎるほどの速度で迫りくる軽自動車の車体を眺めながら、心中でため息を漏らす。
噂に聞いていた「走馬灯」とやらは見なかった。 ただ、「死の危機が迫ると、時間の流れをゆっくりに感じる」というのは本当なんだなと、どうでもいいことを思った。
音と辺りの景色が遠ざかり、襲いかかってくる車のスピードがスローモーションに見える。 まるで、世界に僕と安っぽいシルバーの軽自動車しか存在していないかのようだった。
そんな不思議な体験の中で、僕はゆっくりと瞼を閉じた。
暗いベージュに染まった静かな世界のなかで、自分の身体がなにかに衝突し、不自然に折れ曲がり、勢いよく吹き飛ばされるのを感じた。
しかし。
(そんなに痛くない?)
僕は心中で首をかしげた。 そして、そうする余裕があることに心底驚いた。
地獄の閻魔大王様は、僕の知らない間に苦痛を感じずに死ぬことができる素敵な死に方プランを導入していたとでもいうのだろうか。
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