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いやいやそれ以前に、なんで僕の身体は今、柔らかい感触に包まれているのだろう。 なんで僕の鼻先を、お日様を一杯に浴びた洗濯物のような、覚えのない香りがくすぐるのだろう。
僕は恐る恐る目を開ける。
まず視界に映ったのは、快晴の空の中に映え、強い風にたなびく赤色の帯だった。
それを辿っていくと、帯の正体は、僕を抱える女性の首につけられた、シルクのチョーカーの長い尻尾だった。
(僕を抱える? 女の人?)
視覚に遅れて認識が追い付いてくる。 「やあこんにちわ」と。 僕を茶化すように。
逆光で見えにくい女の人の口が動いた。 しかし、彼女の言葉はもやがかかっているかのように聞き取りづらい。
そこで僕は気づく。 ああ、どうやら僕の聴覚はもっとのんびり屋らしい。
意識すると、ざわざわという風と野次馬の音が、水中から浮き上がってくるようにだんだんとボリュームを増しながら聞こえてきた。
女性の形の整った唇が紡ぐ心地のよいソプラノが、鼓膜を撫でる。
「こんにちは。 今日はあなたのミカタをします」
僕がこの世界で2番目に出逢ったヒーローは、そう売り文句を口にして微笑んだ。
仄かに桜の気配を乗せた風が、二人の間を駆け抜ける。
僕の19回目の春は、こうして、劇的な何かが起きそうな予感満載で始まった。
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