エピローグなんて、言わせない

6/7
104人が本棚に入れています
本棚に追加
/156ページ
目の前には誰もいなかった。  廊下に出て左右を見回してみるが、東側にはすぐそこに灰色の壁があり、西側には延々と部室が連なっているだけだ。 楽しそうな声は漏れ聞こえてくるけど、風の音とか、影の揺らめきとか、あるいは視線とか、怪しげに思えてしまうような気配さえ一切なかった。 ふぅん。 なんだ。 そうか。 僕は無音で呟き、部室に戻ろうと踵を返した。 しかし、そこで、壁しかなかったはずの視界の左端になにかが見え、足が止まった。 うっすらとしていながら、疑いようのない人の形。 驚いて飛びすさらなかったのは、僕が無意識のうちにその正体を理解していたからかもしれない。 ノックの音を聞いた、その時から。 緩慢な動作で顔を左に向ける。 すぐそこに、彼女は立っていた。 心臓の音が聞こえてしまいそうなほどの距離に。 幽霊ちゃんこと、糸居瑠璃葉は立っていた。 「ましろさん」 温かな日差しが戻ってくる。 色に乏しい世界を朱色に塗り潰しながら。 それに合わせるようにして、瑠璃葉の少しだけ透けていた身体と声はもとの姿を取り戻す。 まるで魔法が解けるかのようだ、と僕は思った。 「あたし、ましろさんとの出逢いをバッドエンドにさせるつもり、ないですから」 彼女は、あの瑠璃色の頑なな眼差しで僕を見据え、宣言した。 「変わります。 あたしのために。 だから、見ててください」 ・・・ああ。 その言葉に、僕はひとつの答えを見つける。  そうだ。 人と人との関係は、簡単にエピローグを迎えたりなんてしない。 どちらかが諦めない限り、続いていくのだ。  そうだな。 僕はとりあえず、人の力を信じてみよう。 自分を変える力を。 結末を変える力を。 ひとまずは、そうしよう。 ここがエピローグだなんて、言わせるものか。  「見ててください。 ずっとを保証してくれなくてもいいですから。 今は」 「君の物語はいろんな意味で目が離せなそうだ」 軽口で応じた僕に、瑠璃葉は初めて笑顔を見せて言った。 「いつか、巻き込んじゃいますから。 覚悟してください」 
/156ページ

最初のコメントを投稿しよう!