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大きな買い物袋を持ち、遠慮なく部屋へと入って来る夏奈。
「何をしに来たんだよ」
「頑張ってる姿を見に来たのよ。それより、ご飯を食べて無いでしょ? 眠れてる? 今日は泊まるから、夜ご飯は任せてよねっ」
「泊まるって、そんな急に……それに、夏奈だって痩せたじゃないか。ただでさえ痩せてるのに」
「ダイエットしてるの! 私だって女の子だからね。さてと……台所借りるよ」
可愛らしいエプロンを着け、軽快な包丁の音がトントンとリズムに乗る。
出来上がった料理は、俺が実家で食べていた懐かしいものばかりだった。
「……美味い」
「でしょ? たくさん食べてね」
箸が止まらない。気が付けば、三人前はありそうだった料理を綺麗に平らげていた。
そんな姿を嬉しそうに見ていた夏奈は、汗をかいたからと言って勝手にシャワーを浴び、パジャマに着替える。
俺もシャワーを浴び、夏奈にベッドを譲ってソファーへと寝転んだ。
電気を消し、狭い部屋が暗闇に包まれる。
「夏奈……もうメールしないから」
零れ出た言葉は、田舎に帰らず頑張るという決意。簡単に壊れてしまいそうな心を縛り付ける、俺なりの出した答えだった。
「……聞こえない」
「だからさ、メールは……」
「聞こえないよ。こっちに来て」
渋々と立ち上がってベッドに近づく。すると、急に手を引かれてベッドの中へと引きずり込まれた。
「なっ、おい!?」
「昔は一緒に寝てたでしょ?」
「幼稚園の頃だろ!?」
「嫌なの?」
「……」
不意を突かれて言葉を詰まらせてしまう。
鼓動の高鳴りが抑えきれない。夏奈に聞こえてしまいそうで、胸をギュッと押さえ付けた。
「和也……分かったよ、もうメールはしない。でも、本当に辛い時は電話してね」
たった一言で全てを理解してくれた……鼓動が急激に収まり、切なさが込み上げてくる。
声を殺して泣く俺を、夏奈が優しく包み込んだ。
眠れなかった事が嘘の様に、ゆっくりと夢の世界へ入って行く。
そこは、向日葵畑のライブ会場。そして、幼い頃の夏奈の笑顔が眩しく輝いていた。
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