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今日も夏菜だけが観客として拍手を送る。
「最高だったよ! でも、和也のギター……ボロボロだね」
「親父が若い頃に使っていたギターだから……」
「新しいギターを買おうよ」
「そうだな」
お互いにアルバイトが休みの日を確認して、電車で一時間ほどの楽器専門店へと足を運んだ。
目が眩むほど多くの楽器が視界を埋め尽くし、気が付けば何時間も魅入っていた。
特に気になったのは向日葵の色をしたエレキギター。
「それを買うの?」
「いや……欲しいけど、十万もするんだ」
財布には五万円しか入っていない。田舎を出る為には金が必要。これでも無理して捻出した金だ。
「今だけの限定モデルって書いてあるよ?」
「五万しかないんだよ。次に来るまで売れ残っていれば……」
そう言ってみたけど、恐らく買わない。高校生の俺にとって分不相応な代物。
安い練習用のギターを買おうとした俺の袖を掴み、夏奈が封筒を差し出した。
「これ……使ってよ」
封筒の中身を確認すると、一万円札が五枚入っている。
「家に帰っても返す当てが無いよ。卒業したら都会で一人暮らしをする……無駄な出費は避けたいんだ」
「そっか。じゃあ、半分は私のギターだね。暫くは和也に貸してあげる。和也が有名になったら、今度はサイン付きで私の物ね。約束だよ」
「えっ? でも……」
「私が向日葵を好きだって知ってるでしょ? このギターを弾いて歌う和也を見せてよっ」
無邪気に笑う夏奈を直視出来ず、頬を染めてギターに視線を移す。
この時、夏奈の事が好きだと気付いてしまった。プライドの高い俺は現金を返そうとしたが、夏奈と共有するギターが堪らなく欲しいとも感じ、向日葵のギターを手に取る。
「……分かった。数年後には夏奈に渡してやるよ」
「うん!」
夏奈の家庭は決して裕福では無い。高校生なのに、アルバイトで稼いだ金の半分以上を家に入れている。この五万円も、夏奈が必死にアルバイトで稼いだ金だろう。
「見てろよ。プロになって、たくさん金を稼いで夏奈を……」
「私を?」
「……驚かせてやる」
肝心なところを誤魔化してしまい、俺の告白は失敗に終わった。
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