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暗闇の中を、一人歩いていた。
いつからここに居るのか、何処へ向かっているのか、よく分からない。
ただぼんやりと、機械仕掛けの人形のように、歩いていた。
ひとつだけ。
何かを忘れてしまっている気がして、それを求めて、ただ歩き続けていた。
「乗らないんですか」
唐突に声をかけられてはっとした。
まるで、夢から覚めた気分だ。
頭を振って、自身を見る。洒落っ気のない、灰色のスーツに色褪せた革靴。
いつものスーツ姿だ。
そう、私はいつも通り会社に向かっていてーー駄目だ。これ以上は思い出せない。
「乗らないんですか。もう、出ますよ」
悩んでいると低い男性の声が聞こえた。先ほどの声だ。
「ここは・・・・・・? 地下鉄・・・・・・?」
辺りはいつの間にか様変わりしていた。
薄暗いホームに停車しているのは、古い型の電車で、その入り口に一人の青年が立っていた。
戸惑ったのは、その青年が風変わりな格好をしていたからだ。
着物姿ーーいや、中に立て襟のシャツを着ているから、明治か大正時代の書生といったところか。
その格好は涼しげな面差しの彼によく似合っていたが、古い型の電車と相まって、まるでタイムスリップしたかのような感覚に陥ったのだ。
青年は私を一瞥した後、電車に乗り込んだ。
私はどうしてか焦りを覚えてその後を追った。
こうして、私は地下鉄に乗って、不思議な体験をしたのである。
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