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外へ出た。その足がよろめきながら止まったのは、そこが誰かの家の中だったからだ。
いや、違う。
誰かの家じゃない。
ありふれた、マンションの一室ーーここは、私の家だ。
「あなた、お帰りなさい」
立ちすくむ私に声をかけたのは、妻だった。
その姿を見たとたん、胸が熱くなり、涙があふれる。
「まあ、どうしたんです? 会社でなにか、ありました?」
「い、いや。なんでもない。それより、起きていて平気なのか?」
「はい?」
妻は私の言葉に首を傾げた。私も、自分の言葉に首をひねる。
見たところ、妻は元気だ。そう、風邪一つひかない丈夫なやつで・・・・・・だから、あの時は・・・・・・。
・・・・・・あの時?
「あなた、どうしたんですか。いきなり帰ってきたと思ったら、妙な事を言って。ほら、手を洗ってきて下さいな。夕食には早いですけど、何か軽く食べますか?」
「そ、うだな・・・・・・」
疲れているのだろうか。頭がぼんやりとしている。
「由紀は?」
するりと口から娘の名前が出た。
「今日は来ていませんよ」
「どこかにいっているのか?」
「あなたったら・・・・・・ぼけるのはまだ早いですよ。由紀はもう嫁いだじゃないですか」
「あ、ああ・・・・・・そうか。そうだったな」
そうだ。由紀はもう嫁に行ったんだった。
なぜ、まだ一緒に暮らしている気になっていたのか。
「花菜は元気かな」
「花菜って、誰です?」
「誰って、由紀の子供だろう」
「いやだわ、あなたったら。由紀にはまだ子供はいませんよ。今日は変なことばかりおっしゃるんですね」
ころころと笑う妻は、見る間に若くなっていく。
そして辺りがだんだんと暗くなってゆきーー。
「浩二さん」
出会った頃の彼女になっていた。
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