地下鉄に乗って

4/8
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
   外へ出た。その足がよろめきながら止まったのは、そこが誰かの家の中だったからだ。    いや、違う。  誰かの家じゃない。  ありふれた、マンションの一室ーーここは、私の家だ。 「あなた、お帰りなさい」  立ちすくむ私に声をかけたのは、妻だった。  その姿を見たとたん、胸が熱くなり、涙があふれる。 「まあ、どうしたんです? 会社でなにか、ありました?」 「い、いや。なんでもない。それより、起きていて平気なのか?」 「はい?」  妻は私の言葉に首を傾げた。私も、自分の言葉に首をひねる。  見たところ、妻は元気だ。そう、風邪一つひかない丈夫なやつで・・・・・・だから、あの時は・・・・・・。  ・・・・・・あの時? 「あなた、どうしたんですか。いきなり帰ってきたと思ったら、妙な事を言って。ほら、手を洗ってきて下さいな。夕食には早いですけど、何か軽く食べますか?」 「そ、うだな・・・・・・」  疲れているのだろうか。頭がぼんやりとしている。 「由紀は?」  するりと口から娘の名前が出た。 「今日は来ていませんよ」 「どこかにいっているのか?」 「あなたったら・・・・・・ぼけるのはまだ早いですよ。由紀はもう嫁いだじゃないですか」 「あ、ああ・・・・・・そうか。そうだったな」  そうだ。由紀はもう嫁に行ったんだった。  なぜ、まだ一緒に暮らしている気になっていたのか。 「花菜は元気かな」 「花菜って、誰です?」 「誰って、由紀の子供だろう」 「いやだわ、あなたったら。由紀にはまだ子供はいませんよ。今日は変なことばかりおっしゃるんですね」  ころころと笑う妻は、見る間に若くなっていく。  そして辺りがだんだんと暗くなってゆきーー。 「浩二さん」  出会った頃の彼女になっていた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!