第三歩 囁く

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「ダメだと思ったら遠慮なく言ってください」  椅子の高さを調節しながら、田端さんがそう言う。  カットクロスも自分でつけられるようにしてもらい、これで準備は整った。  「それにしても今日は五月とは思えない寒さですね」  カットが始まってから、田端さんはなんてことない世間話を始める。  最近の天気のこと、今人気の髪型のこと。きっと最大限気遣ってもらっているんだろうが、田端さんは無理したそぶりは微塵も見せない。  ぱさり、と自分の髪が肩先をくすぐる感触に小さく身じろぎをする。  そうすれば田端さんはカットの手を止め、お勧めはここだと言って私の前に置かれた雑誌に載っているスイーツのお店を指差してくれる。  始まってから一度も、田端さんは私に触れていない。  出会ったばかりの人とここまで近づいた経験があまりないからか、触れていないとは言っても多少体がこわばってしまう。  それでも、絶対に触れることがないとわかってからは、肩の力が少し抜けた。 「あの……田端さんは、角田さんとどういった……」  発した言葉はほとんど空気のようでしっかり田端さんの耳に届いているかわからないが、カットが始まってから初めて話しかけることができた。
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