第三歩 囁く

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 失礼だとわかっていても、鏡ごしの田端さんの方を見ることができない。 「あぁ、そういえばお話ししてませんでしたね」  それでも、小さな声をしっかりと聞き取ってくれた田端さんは、楽しそうに話し始める。 「先輩と僕は、その関係の通り、学校の先輩後輩です」  話を聞くと、角田さんと田端さんは二年制の専門学校で出会ったらしい。 「美容科だったんですけど、放課後にネイルとかメイクについての特別講座があったんです。普段の授業で学年が交わることはないので、その講座で隣の席に座ったのは本当に偶然というか」  当時のことを思い出しているのか、田端さんの声が弾んでいる。よっぽど角田さんのことを尊敬しているのだろう、学生時代の角田さんとのエピソードをスラスラと語ってくれた。 「あ、すみません。俺興奮しちゃって……」 「ふふ、俺になってますよ」  ハッとして薄く頬を染める田端さんを可愛らしいと思う。  仕事で年下の男性と関わることは多くあるが、田端さんには男性というより男の子といった表現の方が合っている気がした。  先ほど丁寧にエスコートしてくれた田端さんの子供らしい新たな一面に、なんだか明るい気分になった。
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