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「……やった」
「え?」
「やっと、笑ってくれましたね」
カットが終わったようで、肩ほどまでの長さになった髪をスプレー式の整髪剤を使って軽く整えてくれる。スプレーなのもきっと田端さんの配慮だろう。
ちなみに、髪型のリクエストは角田さんがしてくれていた。本当はボブヘアが似合うと言ってくれていたのだが、初めての美容室でそこまでする勇気がなくて、今回はこの長さでお願いした。
「俺、話術には結構自信あったんですけど、早川さんにとってはあんまり面白くなかったかなって心配で」
田端さんなら、任せても大丈夫だったかもしれない。
そんなことを考えていると、開き直ったのか、口調はそのままで田端さんが話し始める。
「いえ、そんなことないです!あの……田端さんの話、ほとんど聞いてただけでしたけどすごく楽しかったです。角田さんの話も聞けたし。ただ、美容室に来たのは初めてだったから、緊張しちゃって」
申し訳なさそうに眉を下げて微笑む田端さんに、慌てて首を振る。
「それなら良かったです。それと、髪とてもよく似合ってます」
今度は柔らかな笑顔で笑った田端さんに続いて会計をするために立ち上がる。
良かった。田端さんが背を向けていて。
自らの手で触れる頬が熱い。
これでまだ鏡ごしだったら、私は羞恥で顔が上げられなかったかもしれない。
田端さんは少し意地悪だ。免疫のない私があんなに間近で綺麗な笑顔を見たら、どう対処していいか狼狽えてしまうことぐらい分かりそうなものなのに。
もしかして、無自覚なのかな。
なんとか会計までに頬の火照りを冷まさなければ。
そう思い、自分で自分をぱたぱたと扇いだ。
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