27人が本棚に入れています
本棚に追加
またここに来たい、ここに来よう。そう決意して、勧められたポイントカードを作ってもらう。顔はまだ少し赤いかもしれないが、いつもとは違い結んでいないサイドの髪でうまく隠れてくれる事を祈ろう。
事務的な作業も終わり、初めての美容室体験はまもなく終了しようとしていた。
「「あの」」
顔を上げた一瞬、目が合って声が重なる。
「あ、じゃあ俺からいいですか?……あの、連絡先を教えて欲しいです」
躊躇ってしまった私を気遣ってか、田端さんから話してくれた。
変な意味はない。専門学生時代の角田さんじゃなくて、今働いている角田さんのことも知りたいから。続けてそういう田端さんがなんだか必死に見えて、何を言われるのか構えていた体の力が抜ける。
「……やっぱり嘘です。角田さんのこと知りたいのは本当だけど、これじゃあ格好悪いですね」
角田さんが大好きな田端さんらしいなと頷こうとする前に、田端さんはそう言って首を振る。
「外までお送りします」
会計に来る客が見えたのか、入り口へ向かい扉を引いてそのまま外へ案内された。その間、田端さんは何も話さなかった。
「……すみません。俺話すの得意とか言っておいて、全然ダメですね」
伏し目がちに囁くように発せられた声は、語尾が聞き取れないほどに頼りなかった。
「挽回、させて欲しいです。もっと早川さんとお話ししたい。だから、連絡先交換してください」
「……はい、もちろん……!私も、そう言おうと思っていて。角田さんにボブの方が似合うって言ってもらったので、次も田端さんにお願いしたいです」
夕日が落ちた通りに、静かな声だけが響く。
目を見合わせて笑い出す二人分の声に、会計を終わらせた客が店を出たことを知らせる鈴の音が重なった。
最初のコメントを投稿しよう!