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「私はねぇ、昔はそれはそれはおしとやかで清楚な女の子だったのよ」
「えっ……」
うっとりとした視線でバーのマスターを見つめながら、角田さんが昔を懐かしむように語り始める。
「女子校に通っていてね、当時は全校生徒の注目の的だったんだから」
まぁ、今も注目の的なのは変わらないけどね。そう言って私の驚きの声はなかったことにして話は進む。
美容室へ行った日から一週間、今日は角田さんに誘われて仕事帰りに角田さんオススメのバーに来ていた。
驚いたというのはひとえに清楚な角田さんの姿が想像できなかったからだ。もちろん、出会いから今まで常にパワフルな角田さんしか見てこなかったことが大きな理由である。
「あの時は全てがつまらなかったわ。いい大学に入って安定した職業に就きなさい。そう言い聞かされて、初めはそれが当たり前だと思い込んでいた。厳しい家で娯楽も何もなかったから、唯一街中を流れるテレビ広告だけが楽しみだったの。私がこの道に興味を持ったのもそれが理由よ」
手の中のグラスをくるくると動かしながら、角田さんは長く綺麗な脚を組み直す。
「あんなにキラキラしたものを作るのはどんなに楽しいんだろうって、ドキドキした。親に内緒で雑誌なんかも買うようになって、どんどん美容の世界にのめり込んでいったわ。そうね……あれは二年生の時だったかしら。ミスコンなんてのがあってね、もうその頃はメイクについてもこっそり勉強していたし、実際に試したくなったのよ。初めは出場する子にメイクさせてもらえないかって運営に頼んだんだけど、それなら自分で出ればいいって言われてね」
横に座る美しい人の過去に、言葉にできない謎の高揚感が湧いてくる。
田端さんにも聞いたことのなかった角田さんのルーツ。私とは正反対だと思っていた角田さんのそれを聞けるのかと思うと、手を両膝において食い入るように薄暗い照明に浮かび上がる横顔を見つめていた。
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