第四歩 震える

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「それが始まりよ。ヘアセットしてメイクをして、実際に自分の手でやると、思い描いていただけの時とはまるで違った。何よりそれを自分に施せたのが大きかったわね。美しく変わる側の気持ちを知ってしまったのよ。だからこそ思ったの、私もきっと人をこんなに幸せにできるって」  当時のことを思い出しているのか、角田さんの横顔は微笑んでいるように見えた。 「それまでは流されて生きるだけだったけど、私は変われる。そう疑わなかった。馬鹿だったわね、初めてのことに興奮してそのまま親に話したのよ。もちろん思い切り怒鳴られた。美容の専門学校に通いたいって頼んだら、そんなものに金は出さないって。ずっと優等生だった私には親を振り切ってまで家を出る勇気なんてなかった」  結局普通に大学進学をして就職までした。そう聞かされたのは予想外のことだったが、田端さんの話からもそれから専門学校に通い始めたんだと納得してそのまま話を聞き続けた。 「それからは多分かおちゃんの想像通りよ。夢を諦めきれなくて専門学校に通い始めた。流石にその年になれば親の言ったことも理解できたし、感謝もしたわ。そうやって人生経験を積めたからこそ、新しいことを始める決心がついたの」 「結局、角田さんは夢を叶えることができたんですもんね……すごいです、こんなことしか言えないけど」 「えぇ、諦めないでよかった。私が言えるのもそれくらい。でもね、もちろんやる気はあったけど、若い子がほとんどの中でくじけずに続けることができたのは彼のおかげよ」 「……田端さんですか?」  角田さんにお願いしてもダメだったカットを彼ならきっと大丈夫と言って背中を押してくれた。  確かに話してみた田端さんはとてもいい人だった。初めての美容院でのカットも田端さんのおかげで成功した。けど、どうして角田さんがそんなに田端さんを信頼しているのか、その詳しい理由は教えてもらったことがなかった。
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