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「これも忘れちゃいましたか?……名前、呼んでください」
その言葉にサァと自分の顔から血の気が引くのを感じる。
ふらふらの足取りで歩いた夜道、エレベーターの中で握りしめた携帯電話、耳元から聞こえた柔らかな声。全て、思い出した。否、思い出してしまった。
思わず一歩後ずさる。
しかし、ぶわりと背中に人の気配を感じてほんの少したじろいだ。
その隙を目の前の青年は見逃してはくれなかった。
「ここじゃあ落ち着いて話せないですね。行きましょうか」
次々と頭に蘇る思い出したくもない痴態に打ち震える足は、それを眼前で微笑む青年から感じる恐怖心だと受け取ったのか、慌ててその言葉に従い歩き出した。
もう逃げ出すことはできない。
なぜあんなことを言ってしまったのか。
そもそもあの肯定はどんな意味をもつのか。
話し上手なはずの彼は前を歩いていて、顔色を伺うことすらできない。
あぁ、夢だと思っていた時はあんなに嬉しかった約束が、まさかこんなに恐ろしいものになるだなんて一体誰が思っただろうか。
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