第一歩 香る

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「香音ちゃん、この間言ったところどうかな?」 「角田さん、お疲れ様です。すみません……まだ迷っていて」  オフィスの端にある簡易ソファーに座っていると、上から最近仲良くなった角田さんの声が降ってくる。  派手な服に身を包み、私の乏しい感性では到底理解できないような奇抜な髪型をした角田さんは、私が務めるタレント事務所の専属スタイリストさんだ。タレント事務所といっても私が所属しているわけではない。私は言うなればマネージャーのような仕事をしている。  人に触れられない私を心配した父が、個人事務所を立ち上げたという古い友人、今の私の社長を紹介してくれたのだ。  今でこそ専属スタイリストがいるくらい大きくなったものの、昔は社長自ら頭をさげる営業が多かった。だからこそ、こんな私でも役に立っていると言ってくださった。まぁ、今がどうかは別として。 「そう、別に無理にとは言わないわ。気が向いたら行ってみてね」  私の曖昧な返事に嫌な顔ひとつしない角田さんは、明るいピンクのアイシャドウが乗った目尻を大きく下げて笑った。  美容院か……角田さんで大丈夫だったらよかったのに。  心の中でそうつぶやいて、手元のスケジュール帳へ顔を落とした。
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