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あれから紹介された美容院へ行く決心をしたのは、二週間後のことだった。
私が今ついている売り出し中の俳優の卵は、まだひたすらにオーディションを受ける段階なので、休みがないほど忙しいというわけでもなかった。私のあの性質を知っているから、休日も必要以上には干渉してこない。
美容院に行く暇がなかったわけではなかった。むしろ、早く行けとでもいうように、急な予定変更などで私のスケジュール帳はがら空きだった。
それなのに角田さんから紹介されてすぐに行けなかったのは、単純に怖かったからだ。
今までは、一人暮らしをしている東京のオートロックのマンションのベランダで自分で髪を切っていた。
素人ながら、茨城の山奥の実家を出てからずっと自分で髪を切ってきただけのことはある。いつも通りセミロングの髪を一つに束ねてしまえば、多少不揃いな毛先もなんてことなかった。
しかし心のどこかでいつも思っていたんだ。
このままじゃダメだ、と。
まだ、無理そうだったら引き返そうかなんて甘い考えが頭をよぎるけど、前に一度近所の美容院の前まで行って引き返したことを思い出した。
今日はそんなわけにはいかない。そうできないように予約だってしたし、何しろ角田さんの名前を出してしまった。
「……よしっ」
5月の明るい夕日の中、白い壁に囲まれたガラス張りの扉を開けた。
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