第一歩 香る

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「本日早川様のカットを担当させていただきます、田端です」  受付横の椅子に座っていると、私より幾分か年下に見える男性がそう言って頭を下げた。 「……よろしくお願いします」  週の真ん中、水曜日の夕方とあって、店内の客はまばらだった。  その男性、田端さんは緩く横に流した長めの前髪を揺らして振り向くと、こちらへどうぞと先を歩いた。 「あのっ……」  歩を進めるにつれて、落ち着いていたはずの鼓動が早まり出したのを感じた。 「私、その……」  仕事以外であまり出歩くことはしないので、普段自分自身のことを話す機会などそうそうない。  それが初対面の人となっては、いくらみっともなくても、うつむいて口ごもってしまうのは多少仕方のないことだろう。  私のために用意されたであろう席の前に着く。  しかし未だに私は顔を上げられないでいた。
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