第0章

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僕の住む地域では、昔から「托鉢僧」とか「門経読み」と呼ばれる、悪い言い方をすれば身なりの汚い物乞いと見分けのつかない修行僧達が大勢いた。 彼らは朝になるとあちこちの玄関先でお経を唱えて、わずかばかりの野菜や米をもらって生活をしていた。 僕は小さい頃から、托鉢僧が怖くて太鼓や法螺貝、鈴の音が聞こえると家の中に隠れて、厚手のカーテンの隙間から見つからないようにして彼らを見ていた。 托鉢僧は皆、髭面でボロを身に纏い、そのボロの上からでもわかるほどガリガリな身体はいまにも折れそうで、何度もなおして履き続けている草鞋から見える足は岩のようにゴツゴツして爪は黒ずみ割れていた。 ただ、真っ黒に汚れた顔の奥にある眼は、どの托鉢僧も共通してギラギラしていて、その眼で睨まれたら心の奥底にある不安を無理矢理引きずり出されてしまうような怖さがあった。 僕はその眼が怖くて、少しでも眼が合ったら呑み込まれてしまいそうな恐怖に、托鉢僧を直視することができなかった。 托鉢僧は1人のときもあれば、集団で行列を作り村から村へとお経を唱えながら移動していた。 法螺貝を吹きながら大勢で歩いているときは、遠くからでも彼らの場所がわかったので僕はすぐに隠れることにしていた。 学校の友人たちは彼らを「ボーボーの人達」と呼び、女子の前で強がっているところを見せたくて近寄る男子もいたが、ほとんどの子供たちは遠くから隠れるようにして見ているだけで決して近づこうとしなかった。 僕の両親は修行僧が嫌いらしく、家の前に来られることを露骨に嫌がっていた。ただ、おばあちゃんは昔から托鉢僧が大好きで、いつも一握りのお米と自家製味噌、たまに自分の畑で採れた野菜を渡していた。 ある日、母親に言われ庭で湿って汚らしくなった枯葉を使い込んだ竹ぼうきで集めていると、家の前に見たことのない僧が1人で立っているのに気付いた。 僕はまったく気配を感じなかったことに驚き、僧を見た瞬間に竹ぼうきを放り投げ慌てて家に駆け戻った。
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