移動販売のパン屋

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移動販売のパン屋

 近所のスーパーの駐車場に、週に一度、移動販売のパン屋さんがやって来る。  品数は少ないけれどどのパンもおいしくて、常連客も多かった。  そのパン屋さんがある時期からまったく現れなくなった。  場所を貸しているから、何か知っていないかと、スーパーの人に尋ねてみたりもしたのだが、連絡がつかなくなってそれっきりだという。  評判がよかったのに、どうしてやめてしまったんだろう。お店の人が体を壊すとかしてしまったのかな? それとも単純に、他にもっと条件のいい出店場所をみつけたとか?  考えても理由は判らず、ただ残念がっていたのだけれど、それからおよそ半年ばかり経ったある日、友人に誘われて遊びに行った他県で、私はあの移動販売のパン屋さんを見つけた。  懐かしさのままに声をかけると、お店の人は驚いた顔をしていたが、ふいに移動販売がなくなって残念だったと告げると、慌ただしく引っ越しをすることになり、スペースを貸してくれていたスーパーに挨拶すらできずにあの土地を離れてしまったのだと教えてくれた。  そうか。理由は知らないけれどこんな遠くに引っ越していたのか。それじゃあ見かけなくなっても仕方がない。  またここのパンを食べられてよかったと、思い切って全種類のパンを買い、私はそれを友人と分け合って食べた後、残りを自宅へと持ち帰った。 「あのパン屋さん、見つけたよ」  帰宅後、私は家にいた母親にパン屋のことを話した。その途端、はっきりと母親の顔色が変わった。
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