移動販売のパン屋

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 どうしたのか尋ねると、母親はとんでもないことを口にした。私は知らなかったが、何と、あのパン屋さんの店員夫婦は事故で二人とも亡くなっているというのだ。  スーパーで移動販売の車を見かけなくなり、誰もパン屋の話をしなくなった頃、たまたま知り合いから事故の話を聞いたのだという。でも、あくまでそこそこ通う馴染の店というだけだったので、すぐにこの件は忘れてしまったとか。 「でも、確かにあのお店の人だったよ? ちゃんとパンも買ったし…ほら、これ」  持ち帰ったパンの袋を開けてみる。でも、そこにあるべきパンは入っていなかった。  確かに買ったのに。そう思い、財布に入れたレシートを探すがそれも見当たらない。ただ、使った筈のお札が何枚か余分に財布に入っていた。 「アンタ、あのパンが食べた過ぎて、移動の電車内で夢でも見たんじゃないの?」  そう言われるとそうなのかもしれないという気がしてくる。でも、確かに…ううん、だけど…。  友達に確認しようかとも思ったけれど、自分の記憶に自身が持てなくなり、私はこれ以上の追及を諦めた。  全部夢だったのかな? でも、たとえそうだとしても、あのパンをもう一度食べられて私は幸せだったからそれでいいや。  母親の話では、もうパン屋さんのご夫婦はいないらしいけど、たとえそれが事実でも、あのご夫婦は自分達の知らない人達ばかりの土地で、今も移動車でパンを販売しているに違いないって、私はそう信じるよ。  持ち帰った、いつの間にやら中身が消えていた袋に視線をやる、そこから、大好きな香り高いパンの匂いがした気がした。 移動販売のパン屋…完
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